Translations:メキシコ社会主義共和国連邦/11/ja

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戦後

トロツキーの死後、レオナルド・エレフが2代目国家主席となり、WW2中は中立を貫き戦後もいつも通りの反スターリン外交を行った。冷戦では「ブルジョアにも、スターリンにもつくわけがない」と中立を宣言。ユーゴスラビアと反ソ国、第三世界と積極的に外交を行った。

スターリンの死

スターリンが死に、フルシチョフがソ連書記長になるとソ連はメキシコと国交を改善。フルシチョフはトロツキー暗殺についての謝罪とトロツキーの墓に献花し、墨ソ関係は冷戦期で最高になった。しかしそれがアメリカの反感を買ってしまい、墨米関係は過去最悪に落ち込んでしまった。その結果、墨米国境で頻繁に軍事挑発が起こっていた。

キューバ危機

1959年にキューバで社会主義革命が起き、フィデル・カストロが首相の座に着いた。我が国は直ぐに承認し、共同防衛条約を締結した。キューバがアメリカによる軍事進行作戦と経済制裁措置を喰らった後、墨、キューバ、ソの三か国で「カリブ社会主義経済共栄圏」を作りアメリカを威嚇。しかしソ連がキューバに核兵器を置くと言う情報を聞くと当時の国家主席はカストロに「核戦争をするつもりか」と説得。しかし「アメリカを倒すには仕方がない」と彼は己の意見を退けなかった。